高次脳機能障害という言葉は聞いたことがあるでしょうか?
脳卒中や脳梗塞、交通事故などを機に、
脳の働きの一部が失われ、
生活の中でいろいろな不都合が生じるというような障害です。
出てくる症状は
専門書などで調べると、
注意機能障害、
遂行機能障害、
脱抑制などいろいろな症状が出ると書かれています。
ただ、それは外から観察して命名した分類です。
実際にその中では何が生じているのでしょうか。
自身が高次脳機能障害を負い、
そこから回復する中で体験した
高次脳機能障害の世界を知ることができる
鈴木大介さんの
「脳は回復する-高次脳機能障害からの脱出-」
という本があります。
この本で紹介されている体験は
高次脳機能障害の人々を理解するだけでなく、
発達障害や精神疾患など
様々な困難に苦しむ人々の体験にも通じるものです。
苦しむ人を支える家族や支援者が
関わりや生活の仕方の工夫を考えるヒントになる一冊です。
ぜひ、興味を持たれた方はご一読ください。
目次
著者:鈴木大介さん
この本の著者は、
元々若者の貧困をテーマとしたルポライターです。
売春や犯罪などに手を染め、
生き抜いている少年少女やシングルマザーなどの生活と、
その生活に至った背景などを取材されています。
著書には、
「家のない少年たち」
「家のない少女たち」など複数の書籍があり、
ギャングースという漫画のストーリーの共同制作者でもあります。
その著者が脳梗塞をきっかけに高次脳機能障害を負った体験、
それを綴った「脳が壊れた」があり、
そこから三年後、回復する過程の体験を語ったものが本書です。
脳は回復する-高次脳機能障害からの脱出-
目次
- 序章 脳コワさんになった僕
- 第一章 号泣とパニックの日々
- 第二章 僕ではなくなった僕が、やれなくなったこと
- 第三章 夜泣き、口パク、イライラの日々
- 第四章 「話せない」日々
- 第五章 「受容」と「受容しないこと」のリスク
- 第六章 脳コワさん伴走者ガイド
- あとがき
内容について
先程も紹介した通り、
本書の中では筆者が高次脳機能障害を負い、
そこから回復する過程が語られています。
高次脳機能障害により現れた生活上の様々な困難、
著者はその困難が、
これまで取材対象であった若者たちが
生活上での困りごととして語っていたものと
共通するものだと気が付きます。
そして、
そのような脳の働きの低下による困難を抱えた人々を
「脳コワさん」と命名し、
その種々の症状の原因を考察し、
行った対処法や改善策について検討、解説しています。
感想
実体験レベルでの高次脳機能障害
高次脳機能障害に関する書籍を読むと、
注意障害や遂行機能障害、脱抑制、半側空間無視などなど
色々な症状が紹介されています。
しかし、それらの症状が起きている際、
本人の体験としてどのようなことが起きているのか
ということは書かれていることは少ないのです。
本書の中では、
専門書で読むだけでは分かり得ない、
実体験レベルでの高次脳機能障害の種々の症状で生じる体験が
著者の軽快な文章によって表現されています。
例えば、
視界の左側への半側空間無視
(左側への注意や意識が減少する障害)について
「本人の感覚としてはとにかく左を見たくない! 」
と感じると表現されています。
「見たくない」と感じているということは、
とても客観的に観察しているだけでは
決して分かり得ない事実です。
また、口パク現象というのも紹介されます。
これは
「話している相手が日本語で話しているのに、その言葉の意味が頭に入ってこなくて、相手がただ口を動かしているだけ=口をパクパクさせているだけのように感じる」
といった体験です。
周りから見ると、話を理解しないので、
ただこちらの話を聞いていないと
思われることになってしまいます。
ただ、そうではなく、
聞こうとしても理解できない。
そういう状態があるのです。
その原因が、
相手の回りくどい話し方にあったり、
光や音など他の強い刺激にあったり、
感情や注意が惹きつけられてしまう環境であったり、
色々なものが原因となっていたりするのです。
こういった苦労が存在するということは、
普通に健康に暮らしていると
なかなか想像しないのではないでしょうか?
このような想像し得ない苦労が生じる可能性があり、
それが目の前の不真面目とも取れる
対応をしている人に起きているということ。
高次脳機能障害のある人々に関わる家族や支援者が
このような背景を知るということは、
その人の苦労を理解できる可能性を高めるものであり、
この本の価値がある一つの点だといえます。
当たり前の日常の行為がいかに高度な作業なのか
著者はレジで小銭を出せなくなったという現象を紹介しています。
この現象も筆者の体験談によれば、
様々な症状が組み合わさって起きるものであると理解できます。
レジで小銭を出せなくなる場面で起きていることは
以下のようなものだそうです。
「作業記憶低下によって、お金を出すまでの間に金額を忘れる」
「小銭を数えているうちに、いくらまで数えたかを忘れる」
「その状態をうまく伝えることもできず」
「店員さんの言葉も理解できず」
これはワーキングメモリーの低下に加えて、
言語機能障害、
そして先程の口パク現象の発生などが組み合わさっています。
口パク現象の背景には感情コントロール力の低下によって、
うまく出来ないことへの焦りや不安が強く生じているはずです。
感情のコントロールが安定していないと、
高次の脳機能がうまく働けないということについては、
以前の記事でも紹介したことです。
私達が日々の暮らしで何の気なく行っている、
たった一つの行為のためにも、
いかに様々な脳の機能が連携しなければならないかが
実感をもって感じられるのではないでしょうか。
その他
高次脳機能障害の症状は高次脳機能障害者だけのものなのか?
私は以前、
大阪で高次脳機能障害者が
退院後に脳機能回復のために通う
リハビリ施設で勤務した時期がありました。
その中で強く感じていたことが、
高次脳機能障害で生じている症状は
発達障害で生じる症状と同様のものではなかろうか?
ということでした。
例えば、
注意を適切なところに集中させることができず、
すぐに注意が逸れてしまう。
これはいわゆるADHDで言われることです。
そして、相手の話の意図が読めない、
パニックが生じる、
不快なことをしている人がいると許せない、
感情がコントロールできない、
こういった症状や悩みも
自閉症や発達障害の疑いのあるケースでは、
しばしば聞かれる悩みです。
本書を読み、
私の中ではいずれの症状も脳の機能低下が原因であり、
この原因で生じる現象は、
診断名が高次脳機能障害であっても、
発達障害という名前であっても、
それ以外の精神疾患であっても、
(うつやパニック障害なども神田橋先生は脳の病だと述べています)
共通する部分があるのだろうと感じました。
そして、
本書の中で紹介されていた対処法のかなりの部分が
発達障害への支援方法と共通していることからも、
脳の状態が悪い人に有効なアプローチというのは、
かなり適用範囲が広いものになる可能性があるはずです。
本書で紹介されている様々な対処法は
自身の脳の働きが
以前より悪くなっていると感じられている人が
脳に負担の少ない生活を組み立てるのに参考にできるものです。
高次脳機能障害のある人々に関わる人だけでなく、
発達障害や様々な精神疾患や困難を抱える人を
支援する人々に幅広く読んでもらいたい一冊です。
本書以外の脳機能低下による現象を知るおすすめ本
自閉っ子、えっちらおっちら世を渡る ニキリンコ
高機能自閉症であるニキリンコさんが、
自分自身の脳の特徴的な物の見方、
言葉の捉え方などをコミカルに紹介している一冊。
ぼく、アスペルガーかもしれない 中田大地
アスペルガー症候群の小学一年生の中田大地くんが、
自分自身の取扱説明書を作ったものが本になった一冊。
心身にどのような現象が生じるのかを知ることができます。